東京高等裁判所 平成2年(行ケ)231号 判決 1993年4月14日
東京都千代田区丸の内二丁目6番1号
原告
日本ゼオン株式会社
代表者代表取締役
滝澤毅
訴訟代理人弁理士
西川繁明
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
真寿田順啓
同
茂原正春
同
田中靖紘
同
涌井幸一
主文
特許庁が、昭和63年審判第12907号事件について、平成2年7月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和56年11月27日、名称を「C4炭化水素留分より高純度ブテン-1又はブテン-1/イソブテン混合物の分離方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願した(昭和56年特許願第190385号)ところ、昭和62年4月21日に出願公告されたが、特許異議申立があり、昭和63年4月22日に拒絶査定を受けたので、同年7月21日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を昭和63年審判第12907号事件として審理したうえ、平成2年7月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月12日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
別添審決書写し記載のとおりである(ただし、同2頁17行に「イソブテン及びブテン-2」とあるのは「イソブテン、ブテン-2」の、同3頁20行目に「ブテン-1」とあるのは「高純度ブテン-1」の各誤記である。)。
3 審決の理由
別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願発明のうち特許請求の範囲第2項記載の発明(以下「本願第2発明」という。)は、本願の出願前に我が国において頒布された刊行物である特開昭56-104824号公報(以下「引用例1」という。)及び「蒸留工学ハンドブック」(平田光穂ほか1名編集、朝倉書店発行、以下「引用例2」という。)の記載に基づき、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものと判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由のうち、「ラフィネート留分中のジオレフィン系炭化水素やアセチレン系炭化水素を選択的に水素添加した後」、「最後に、塔頂部生成物を抽出蒸留によって分離してブテン-1を取得する方法」との点を除く引用例1の記載内容及び引用例2の記載内容の各認定並びに本願第2発明と引用例1との相違点1、2の認定はいずれも認める。
しかしながら、審決は、本願第2発明の技術的意義を誤った結果、引用例1との相違点について容易想到性の判断を誤り、また、本願第2発明の奏する顕著な作用効果を看過して誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 本願第2発明の意義
ブテン-1は、耐高温特性に優れたポリブテン-1の原料として、また、ポリエチレン重合におけるコモノマーとして有用であるが、高価であるため工業的規模における生産には限界があった。ブテン-1は、工業的にはC4炭化水素留分から分離して得られるが、C4炭化水素留分には、ブダン類(n-ブタン、イソブタン)、ブテン類(イソブテン、ブテン-1、トランスーブテン-2、シスーブテン-2)、ジエン系炭化水素(1・3-ブタジエン)、アセチレン系炭化水素(メチルアセチレン、ビニルアセチレン、エチルアセチレン)、アレン系炭化水素(1・2-ブタジエン)、C3炭化水素などの多くの化合物が含まれるから、ここから高純度のブテン-1を分離するには、各種の蒸留手段を採用することが必要であるが、従来の手段には、以下のような問題点があり、高収率で低価格なブテン-1の生産はできなかった。
(1) C4炭化水素留分に含まれる各種化合物は、ブテン-1と沸点が近接し、通常の蒸留手段の組み合わせだけでは、純粋なブテン-1を得ることができなかった。
(2) ブテン-1を原料としてポリブテン-1やエチレンとの共重合体を製造する場合、ジエン系又はアセチレン系炭化水素が微量でも含まれていると、これらが触媒の被毒物質となり、良好な製品が得られないことから、これを徹底的に除去しなければならないところ、従来技術では、ブタジエン抽出の際に、徹底したジエン系又はアセチレン系炭化水素の除去が行われていなかったため、あるいは抽出蒸留等によりこれらの成分を実質的に含まないブタンーブテン留分を得ることができないと考えられていたため、後の選択的水素添加工程(以下「水素添加工程」という。)により、これらの物質を除去することが必要不可欠であった。ところが、この水素添加工程においては、これらの物質は水素化されて除去されるものの、同時に目的物質であるブテン-1の一部も水素化されてブタンに変化したり、異性化してブテン-2に変化することを防ぐことができないほか、この工程にはパラジウムや白金などの高価な金属触媒を必要とし、ブテン-1の低価格化の障害となっていた。
本願第2発明は、まず、C4炭化水素留分を極性有機溶剤を用いた抽出蒸留に付して、主としてブタジエンからなる成分をエキストラクトとして分離し、ジエン系及びアセチレン系炭化水素の含有量が各々150ppm以下でこれらの成分を実質的に含まないブタン類、ブテン-1、イソブテン、ブテン-2を主たる成分とするラフィネート、すなわち「クリーンブタンーブテン留分」を得、これをイソブテン分離工程及び通常の二段階の蒸留工程に付することにより、水素添加工程を不要とした簡単な工程で、高純度のブテン-1を高収率かつ低価格で製造する方法を提供するものである。
本願発明で採用している抽出蒸留工程、イソブテン分離工程及び第1、第2の蒸留工程自体は、いずれも公知のものであるが、従来、クリーンブタンーブテン留分中にジエン系及びアセチレン系炭化水素が実質的に含まれない程度にまで抽出蒸留操作を行うことは提案されておらず、また、実施されてもいなかった。
本願発明は、この抽出蒸留工程を採用し、その他の工程を巧みに組み合わせた新たな技術思想に基づく発明である。
2 引用例1の発明について
引用例1に記載された発明は、C4炭化水素留分から高純度のブテン-1を分離・精製する点で、本願第2発明と共通する。しかしながら、引用例1に記載された発明は、蒸留工程の組合せが複雑で、しかも高価な貴金属触媒を必要とし、異性化によるブテン-1のブテン-2への変化や水素化によるブタンへの変化などの副反応が避けられない水素添加工程を必須の工程とし、工程の簡素化、ブテン-1の低価格化、高収率化という観点からみて、不十分な技術である。すなわち、引用例1の発明の全工程は、実際には、従来方法であるブタジエンの通常の抽出工程を前提とし、この工程によって抽出された不飽和C4留分を原料仕込物として用い、順次、イソブテンのエーテル化反応工程(水洗工程などの付加工程を含む。)、水素添加工程、蒸留工程、抽出蒸留工程、蒸留工程を行う複雑な工程の組合せからなるものであり、この組合せによる「ブテン-1の一貫した製造工程」を提供することを目的とするものである。
引用例1において、このような複雑な工程を採用しなければならない最大の理由は、仕込原料として、ジオレフィンあるいはアセチレン系炭化水素を含む不飽和C4留分を使用しているからである。すなわち、引用例1においては、スチームクラッキングに由来し、ブタジエンの抽出を行ったC4炭化水素留分を「C4仕込物」と称し、これを原料仕込物として使用するものであるが、このC4仕込物は、分離前のC4炭化水素留分から、ブタジエンの通常の抽出(溶剤抽出)を行ったものであって、ジオレフィン系炭化水素(ブタジエン)及びアセチレン系炭化水素を0.1~5%の範囲で含有するが、このようなジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素は、通常の蒸留工程によっては除去することができないため、引用例1ではC4仕込物からイソブテンをエーテル化して除去した後に、上記炭化水素を水素化して除去する水素添加工程を必須のものとし、かつ、上記のような複雑な工程を組み合わせる必要があるのである。
審決は、引用例1の認定において、「ラフィネート留分中のジオレフィン系炭化水素やアセチレン系炭化水素を選択的に水素添加した後」及び「最後に、塔頂部生成物を抽出蒸留によって分離して1-ブテンを取得する方法」が記載されているとするが、引用例1の水素添加工程は、特許請求の範囲に記載されたとおり、ブテン-1のブテン-2への低度の異性化を伴ったものであり、抽出蒸留工程は最後の工程ではなく、その後に蒸留工程を必要とするから、これらの点を正確に認定するものではない。
3 相違点1の判断の誤り
審決は、相違点1について、「引用例1のC4留分から1・3-ブタジエン等を抽出して他のブタン、ブテン成分と分離する手段に代えて極性溶剤を用いた抽出蒸留法を採択した点に格別の困難性があったものとはいえないし、又、1・3-ブタジエンとブテン-1の蒸留分離の困難性を考慮して、1・3-ブタジエンを含むジオレフィン系及びアセチレン系の炭化水素がラフィネート留分中に残存しないように抽出蒸留工程を操作することも当業者であれば容易に想到し得たものである。」と判断するが、誤りである。
C4炭化水素留分から1・3-ブタジエンを分離するために溶媒抽出や抽出蒸留を行うこと自体は、引用例2を引用するまでもなく周知かつ慣用の技術であるが、重要なことは、従来、抽出蒸留によってラフィネート中に、ジエン系及びアセチレン系炭化水素が実質的に含まれない程度にまでこれらの抽出分離を行うことは提案されていなかったし、実際にも行われていなかったことである。現に引用例2には、ブタジエンとブテン-1を含む留分をフルフラール抽出蒸留した成績が示されているが、塔頂ブタジエンは、1.4%となっており、これは、本願発明に換算すれば、ほぼ14000ppmに相当するブタジエンが残存していることを示している。また、アセトニトリルなどの他の極性溶剤を用いた従来の抽出蒸留あるいは溶剤抽出においても、ジエン系及びアセチレン系炭化水素が実質的に含まれない程度にまでこれらの成分の抽出分離をすることは実施されていない。
引用例1の発明は、上記のとおり、従来のブタジエン抽出技術を前提とし、仕込原料として、ジオレフィン系又はアセチレン系炭化水素を含むC4仕込物を利用しているから、上記のような水素添加工程を必須の工程としている。その明細書には、「ブタジエン-1、3の事前除去の技術は本方法にとっては重要性はない。」(甲第5号証明細書10欄9~11行)と記載されていることからしても、引用例1から、あらかじめ抽出蒸留により、ジエン系及びアセチレン系炭化水素を実質的に含まないラフィネート(クリーンブタンーブテン留分)を得ることは動機付けられないし、引用例2にもこの技術思想が開示されていない以上、これらを組み合わせたところで、本願第2発明が容易に想到できないことは明らかである。
4 相違点2の判断の誤り
審決は、相違点2について、「抽出蒸留法の採択によってラフィネート留分中にジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素が残存しないように1・3-ブタジエンの分離工程を操作することによってこの水素添加工程を省略できることも当業者であれば容易に想到し得たものである。」と判断するが、誤りである。
審決の上記判断は、イソブテンの除去工程の前に、ブタジエン等の抽出により、本願第2発明と同程度にジエン系及びアセチレン系炭化水素を実質的に含まないクリーンブタンーブテン留分をラフィネートとして分離するという技術思想及び技術手段が公知でなければ成立しないところ、上記のとおり、従来、このような思想も手段も公知ではなかった。抽出蒸留法を採択し、このような物質が実質的に残存しなくなるように操作可能であることを見出したのは、本願発明が初めてである。
また、引用例1は、発明の目的として、ブテン-1の「一貫した製造工程」を提供することにあるから(甲第5号証明細書6欄9~12行)、その水素添加工程を適宜省略するようなことは、当業者といえども容易に想到することはできない。
5 相違点3の判断の誤り
審決は、相違点3の判断において、「イソブタンとブテン-1の混合物から両成分を蒸留分離できることは、両者の沸点差から自明であるから、引用例1で採択されている抽出蒸留法に代えて、普通の蒸留法を採択して両成分の分離を行う点に格別の困難性はない。」と判断するが、誤りである。
上記のとおり、引用例1の発明は、一貫した製造工程を提供することを目的とするから、そのうちの任意の工程を適宜他の工程に置き換えることは、当業者に動機付けられることではなく、仮に審決のとおりであるとすれば、引用例1の出願人が、イソブタンとブテン-1の分離工程をわざわざ抽出蒸留法に限定する筈もない。
6 本願第2発明の顕著な作用効果の看過
審決は、「本願第2発明が引用例1や引用例2等から予期し得ない顕著な効果を奏し得たものということもできない。」と判断するが、誤りである。
本願第2発明は、特許請求の範囲に記載された技術的構成を採用することにより、従来の水素添加工程を必要とせず、簡単な工程で、高収率かつ高純度のブテン-1を大量に製造することを可能にした極めて顕著な作用効果を奏するものであり、この効果については、引用例1及び引用例2の記載事項からは到底予測することができない。たとえば、引用例1には目的物質である精製ブテン-1の純度が99.10%であることが記載されている(甲第5号証明細書21欄表Ⅰ)が、本願第2発明で得られた高純度ブテン-1のそれは99.22%であり、水素添加工程を併用することなく優れた純度のブテン-1を得ているのである。
したがって、審決の上記判断は、本願第2発明のこのような顕著な作用効果を看過したものであり、誤りである。
第4 被告の主張
審決の認定判断は、相当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 原告の主張1ないし5について
ブテン-1からポリブテン-1を製造するために、触媒の被毒物質である微量のジエン系(ブタジエン)及びアセチレン系炭化水素を前もって除去しておかなければならないことは、当業者によく知られている。本願第2発明と引用例1の発明が、共にC4炭化水素留分からブテン-1を分離精製する方法を提供するものであり、このような公知の技術的課題を解決するために、引用例1ではブテン-1から不純物であるジオレフィン系炭化水素及びアセチレン系炭化水素を除去するために、通常の抽出方法により大部分のブタジエン1・3の抽出を行った後のC4仕込物を用い、これを順次、溶媒抽出工程、水素添加工程、蒸留工程、抽出蒸留工程、蒸留工程に付するのに対し、本願第2発明では、最初に抽出蒸留工程を採用し、これらの成分が150ppm以下で実質的にこれらの成分を含まないラフィネート(クリーンブタンーブテン留分)を得、これを2段階の通常の蒸留工程に付する点で相違している。
しかるところ、引用例2には、抽出蒸留法は、第三の物質を入れることによって、二つの分離物質の比揮発度の差を大きくし、成分の分離を容易にする原理を利用したものであり、C4炭化水素の分離に利用されること、比揮発度の差を大きくするための条件を選択することにより、技術的には実質的な分離が可能であることが記載されている。
したがって、当業者は引用例2の記載から、抽出蒸留によれば、ブタジエン等の炭化水素を実質的に含まないC4炭化水素留分を得ることが技術的に可能であるとの教示を受けるのである。ことに、同引用例には、「フルフラールによる抽出蒸留の場合もブタジエンは2-ブテンと分離し難いので普通の蒸留と組合せなければならない。これに反してアセトニトリルの場合はブタジエンに比べて他のC4留分の比揮発度が高いので分離工程が簡単になる。」と記載されているから、第三の物質としてアセトニトリルを選択すれば、フルフラールを選択した場合に比してはるかに優れた分離が可能となることは明らかである。
そして、同引用例には、経済的にはともかく、技術的には、ラフィネート中にブタジエン等を実質的に含まれなくするように抽出除去できることが記載されている以上、抽出蒸留操作の条件を選択して、これを達成することは従来予想できなかったことではない。すなわち、本願第2発明の実施例1と、従来の標準的な抽出蒸留法に該当する参考例とを比べた場合、使用する極性溶剤及び還流液の量が増大している点を除いて他の操作条件は同一であり、このような操作条件の選択自体は、抽出蒸留法における成分間の比揮発度の差を大きくするための常套手段でもある。公知文献である乙第1号証にも、抽出蒸留法において、「ある第三成分を加えることにより、各成分間の比揮発度に変化をあたえ、・・・『純物質』を分離することができる。」と、また、同第2号証にも、抽出蒸留により、本願第2発明と同じ水蒸気クラッキングで得られた炭化水素混合物から、高純度の共役ジオレフィン類を分離する方法において、「実質的に飽和炭化水素及びオレフィン特にブタジエンのない留分が0.65kg/時の流速で導管4を通じて得られ、・・・側流12として実質内にすべての供給したアセチレン系化合物を含まない(原文中の「含む」は明白な誤記である。)ブタジエンが5gr./時の流速で得られる」旨記載されている。
してみれば、引用例1の溶剤抽出法に代えて、抽出蒸留法を適用し、ブタジエン及びアセチレン系炭化水素を含まないラフィネート(クリーンブタンーブテン留分)を得ることは、当業者ならば容易に想到しえたものというべきである。
原告は、引用例1においては、ジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素を0.1~5%含むC4仕込物を用いることを前提としている旨主張するが、引用例1の記載(甲第5号証明細書10欄9~13行)によれば、引用例1は、C4炭化水素留分中の価値ある成分を抽出するための抽出操作は、ブタジエンのみを抽出する厳格な選択抽出操作である必要はなく、C4炭化水素留分中に共存するアセチレン類や他のジオレフィン類が随伴されるような抽出操作であってもよいことを述べるに止まり、ラフィネート中にこのような物質が随伴される量ができるだけ少ないことが望ましいことに変わりはないから、ブタジエンが原告主張の比率で含まれなければならないことを意味するものではない。
次に、引用例1の水素添加工程は、ブタジエン等抽出工程からのラフィネートに随伴したブタジエンを水素添加して除去することだけを目的とするから、C4炭化水素留分からブダジエン等を分離する工程において、ブタジエン等を含有しないラフィネートを得ることができれば、不要となる工程である。
そして、C4炭化水素留分からブタジエン等を抽出する工程において、ブタジエン等を含有しないラフィネートを得ることができることは引用例2の記載から自明である以上、引用例1のブタジエン等抽出工程に代えて引用例2の抽出蒸留法を適用し、ラフィネート中にブタジエン等が実質的に含まれないように操作し、もって、引用例1の水素添加工程を省略することができることは、当業者であれば容易に想到しえたものである。
2 同6について
原告は、引用例1の発明において水素添加工程が採用されていることが、本願第2発明のように抽出蒸留において抽出剤を増量することに比較して、経済的、技術的に問題があると主張するが、水素添加工程が採用されていることには、例えば、既存の装置をそのまま利用できるとか、技術的にも既知のものを使用すればよいなどの通常の経済的理由があるものと推測され、一概に、従来技術と本願第2発明との間に原告主張の顕著な作用効果上の差があるとはいえない。例えば、抽出蒸留塔の段数、加熱コスト、溶剤回収率、操作条件の過酷性等、本願第2発明にも経済的な問題があり、本願第2発明が従来の技術常識を覆す発明であるとはいえない。
そして、本願第2発明の作用効果は、抽出蒸留工程を採用することにより、普通に達成される自明の事柄であるから、本願第2発明に顕著な作用効果はないとした審決の判断は相当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
本願発明と引用例1記載の発明とが、ともにC4炭化水素留分からブテン-1を分離精製する方法を提供する発明である点で一致すること、このようなブテン-1の分離方法においては、C4炭化水素留分中に含まれる不純物であるジエン系炭化水素(ブタジエン)及びアセチレン系炭化水素を極力除去する必要があること、引用例1の発明では、従来方法である通常の抽出方法により、大部分のブタジエン1・3の抽出を行った後のC4炭化水素留分を、順次、溶媒抽出工程、水素添加工程、蒸留工程、抽出蒸留工程及び蒸留工程に付するのに対し、本願第2発明では、極性溶剤を用いた抽出蒸留工程により、これらの成分が150ppm以下で実質的にこれらの成分を含まないブテン-1、イソブテン、ブテン-2を主たる成分とするラフィネート(クリーンブタンーブテン留分)を得、これを後の2段階の蒸留工程に付することによって、従来のブタジエン除去工程である水素添加工程を省略することができるものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
1 原告の主張1ないし5について
(1) 審決が、相違点1の判断において、引用例1記載の方法におけるC4留分から1・3-ブタジエン等を抽出して他のブタン、ブテン類と分離する手段に代えて、本願第2発明の極性溶剤を用いた抽出蒸留法を採択した点に格別の困難性があったものとはいえないと判断したこと、また、相違点2の判断において、抽出蒸留工程において、ラフィネート留分中にジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素が残存しないように1・3-ブタジエンの分離工程を操作することによって、引用例1における水素添加工程を省略できることは当業者であれば容易に想到できるものと判断したことは、いずれも当事者間に争いがない。
審決の上記判断が正当であるといえるためには、C4炭化水素留分を極性溶剤を用いる抽出蒸留に付して、ジエン系及びアセチレン系炭化水素の含有量が各々150ppm以下で実質的にこれらの成分を含まないラフィネート(クリーンブタンーブテン留分)を得ることが可能であることが、本願出願前に公知又は周知であったことが必要である。
(2) そこで被告の引用した公知文献について検討する。
<1> 甲第6号証によれば、引用例2(蒸留工学ハンドブック・昭和41年2月発行)には、抽出蒸留の説明として、「これは第3の物質を入れることによって二つの分離しようとする物質の比揮発度の差を大きくする原理を利用したもので、表5.12にC4炭化水素の沸点、比揮発度、フルフラール、アセトニトリル、アセトンの含水抽出剤を入れたときの比揮発度を示す。・・・以上のことを充たすものとして工業的に用いられるものは表5.12に示す含水フルフラール、アセトニトリル、アセトンがあるが、アンモニアもときに用いられるがその大きな蒸発潜熱のために経済的でない欠点がある。比揮発度は第三の物質によってのみならず他の種々の要素に影響され変化する。まず分離しようとする物に対する抽出剤の量によって変る。抽出剤の量を増やせば比揮発度の差は大きくなる傾向があるが、その傾向には限度があってやはり経済的な量がある。一般に80vol%程度用いられる。つぎに分離しようとする系の成分比の変化とともに変化する。たとえばブテンのブタジエンに対する比揮発度は一般にブタジエン/ブテンの比が大きくなれば増大する。」(同765頁5行~766頁3行)と記載され、さらに、フルフラール抽出蒸留法によるブタジエンの分離精製を1例とする記載がなされている(同766頁5行~18行)。
しかしながら、上記記載は、抽出蒸留法の一般的原理を説明した抽象的記述に止まるうえ、抽出蒸留法においても、第三の抽出剤の量の増加によって比揮発度の差を大きくできるものの、それにも限度があることが述べられており、また、フルフラール抽出蒸留成績を示す一例(表5.14)についても、ブタジエンを含む材料からのブタジエン抽出蒸留の成績を示すものであって、目的物質が本願第2発明と異なるうえ、原料が本願第2発明において用いられるC4炭化水素留分であるか否かが不明である点で、本願第2発明のように、ジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素を抽出蒸留によって各々150ppm以下とするクリーンブタンーブテン留分を得ることができることを教示ないし示唆するものとはいえない。
また、引用例2には、アセトニトリル抽出蒸留の説明として、「この方法はフルフラールによるブタジエンの抽出蒸留と同様にアセトニトリルを溶剤として使用し、抽出蒸留を行うもので・・・またフルフラールによる抽出蒸留の場合もブタジエンは2-ブテンと分離し難いので普通の蒸留と組合せなければならない。これに反してアセトニトリルの場合はブタジエンに比べて他のC4留分の比揮発度が高いので分離工程が簡単になる。すなわちブタジエンを含むC4留分は抽出蒸留塔でブタジエンと他のC4留分とに分離され、」(同号証766頁下から1行~766頁6行)との記載があり、これによれば、アセトニトリル抽出蒸留がフルフラール抽出蒸留よりも比揮発度の差を大きくする簡単な手法であることが読み取れるものの、この記載もフルフラール抽出蒸留とアセトニトリル抽出蒸留の一般的な比較を述べたものに止まり、アセトニトリル抽出蒸留法を採用することによって、直ちに本願第2発明の抽出蒸留と同様、150ppm以下というオーダーにまで不純物を除去したクリーンブタンーブテン留分が得られる効果がもたらされることについては、何らの教示も示唆もするものではない。
<2> 乙第1号証(「石油精製プロセス」石油学会編・昭和43年9月発行)によれば、抽出蒸留法の説明として、「分離しようとする各成分の沸点が非常に近い場合(比揮発度1.05~1.20程度)、普通の蒸留法で分離しようとすれば、多量の還流液と、多くの蒸留段数を必要とし、所要熱量も大きくなって経済的でなく、また共沸混合物を形成する場合は、分離不可能であるが、このような場合でもある第三成分を加えることにより、各成分間の比揮発度に変化をあたえ、気液の平衡を適当な方向にずらしたり、共沸混合物を形成しないようにして、純物質を分離することができる。」(同号証51頁18~23行)、「抽出蒸留では、溶剤濃度が増加するにつれて、一般に分離成分間の比揮発度が大となり、理論段数は少なくてすむようになるが、一方では、段効率が低下するし、液剤回収のための所要熱量も増加するから、経済的観点から溶剤濃度は決定されるべきである。経験的には溶剤濃度70~80mol%が一般的であり、また塔の効率は普通の精留塔よりはるかに低く、25~60%ぐらいである。」(同52頁本文11~15行)、「また一般の蒸留法では、還流比が大きくなると精留効果はよくなるが、抽出蒸留の場合、最適還流比があり、塔頂の還流が最適値をこえると、塔内液中の溶剤濃度が減少して、目的の成分の分離を困難にする。」(同頁20~22行)との記載があることが認められる。
しかし、上記記載も引用例2と同様、一般成書中の記載であるうえ、内容的にも、引用例2と同様に抽出蒸留法の一般的原理を記述するに止まり、この記載によって、C4炭化水素留分を原料とした抽出蒸留において、本願第2発明のようにジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素が各々150ppm以下で実質的にこれらの成分を含まないラフィネート(クリーンブタンーブテン留分)が得られるとの教示ないし示唆を受けるものとは認められない。
<3> 乙第2号証(昭和50年9月29日出願公告に係る昭50-30047号特許公報)によれば、2段階の抽出工程又は抽出蒸留工程によって、炭化水素混合物から高純度の共役ジオレフィン類を分離するに適する簡単かつ経済的な方法を提供することを目的とした特許発明の明細書中に、例2として、水蒸気クラッキングで作られ、ブタジエン35重量%を含む炭化水素混合物を原料として用いた実施例が示され、「還流比1/1では、実質的に飽和炭化水素及び、オレフィン特にブタジエンのない留分が0.65kg/時の流速で導管4を通じて得られた。」(同号証5欄7~24行)との記載があることが認められる。
被告は、この実施例の記載をもって、抽出蒸留操作によって炭化水素混合物から実質的にジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素を含まない留分を得ることが示されているとし、抽出蒸留によって、本願第2発明と同様の効果を奏することが公知であると主張する。
確かに、上記記載には、塔2(同号証公報5欄18行の「塔1」は誤記と認める。)において、塔頂成分である飽和炭化水素及びオレフィン系炭化水素と塔底成分であるブタジエン及びアセチレン系化合物が所定の操作条件による抽出蒸留によって分離されたことが示されている。
しかしながら、上記記載の導管4を通じて得られた留分である「実質的に飽和炭化水素及び、オレフィン特にブタジエンのない留分」は、その成分組成比率が明らかにされておらず、本願第2発明の抽出蒸留の結果であるジエン系及びアセチレン系炭化水素の含有量が各々150ppm以下でこれらの成分を実質的に含まないクリーンブタンーブテン留分との要件を備えるものか否かは明らかではない。特に、塔頂成分から高純度ブテン-1を精製することを目的とする本願第2発明では、150ppmを超えるブタジエン及びアセチレン系炭化水素の混在が許容されないのに対し、上記特許公報の例2の発明は、塔底成分としてできるだけ多くのブタジエンを残すことを目的としているから、塔頂成分に随伴するブタジエンの量が少ないことが望ましいとしても、これを150ppm以下とすることが直接要請されているわけではない。そして、乙第2号証の他の記載箇所によれば、「アセチレン系化合物30p.p.m.」(同5欄28行)、「アセトン存在せず、イソプロペニルーアセチレン15p.p.m.」(同4欄41~42行)との記載を始めとして各種物質の存否がppmオーダーの測定結果として明記されていることと対比すると、上記「ブタジエンのない」とされる程度ないし含有量は一義的に明らかではなく、また「実質的に飽和炭化水素、及びオレフィン」との記載をもってしても、本願第2発明の抽出蒸留工程におけるようなクリーンブタンーブテン留分の性状を備えていると断定することはできない。
以上のとおり、上記各公知文献の記載をもって、直ちに本願第2発明のように、C4炭化水素留分の極性溶剤を用いた抽出蒸留によって、ジエン系及びアセチレン系炭化水素の含有量を各々150ppm以下で実質的にこれらの物質を含まないクリーンブタンーブテン留分を得られることが公知ないし周知であるということはできない。
(3) かえって、甲第10号証(新石油化学プロセス・石油学会編・昭和61年9月発行)によれば、本願第2発明の出願後の文献にも、「ナフサの熱分解によって得られるC4留分中には、・・・種々の炭化水素が含まれている。これらのなかでブタジエン、1-ブテン、2-ブテンおよびイソブテンが、それぞれ工業的に重要な原料として用いられており、これらの化合物からアセチレン類あるいはジエン類を除去するために水素化精製が行われている。」(同号証170頁本文9~12行)と記載され、1-ブテンの水素化精製に関し、「C4留分からブタジエンを抽出したあとのラフィネートは一般にスペントB-B留分と呼ばれ、その組成は表9.13に示すようなものである。・・・スペントB-B留分中には約1%のジエン・アセチレン類が含まれており、1-ブテンの精製のためにはこれらを水素化除去する必要がある。しかしながら、一般に水素化反応条件下で1-ブテンは容易に2-ブテンに異性化を起こしてしまう。そのために1-ブテンの異性化を抑制しながらジエン・アセチレン類を水素化する方法がいくつか開発されており、」(同170頁本文22行~171頁7行)との記載があることが認められ、この記載によれば、本願第2発明の出願後の昭和61年の時点においても、ブテン-1の精製方法において、C4炭化水素留分からジエン系及びアセチレン系炭化水素を除去する方法として、水素化の工程(引用例1の水素添加工程と同じものと認められる。)が通常の手段として用いられており、この時点でも、未だに水素化による工程の欠点であるブテン-1の異性化が技術的課題とされていることを認めることができる。
そして、甲第12号証によれば、1979年5月発行に係る「Hydrogenate for pure C4s」(純粋なC4成分を得るための水素化)にも、ブテン-1の水素化に関し、「この水素化処理は、基本的には、重合グレードのブテン-1の最終仕様に適合するように、残存ブタジエンを選択的に除去することである。それには、通常、FFCよりブテン-1含有量の大きいエチレン・プラントのC4副生物に対して、ブタジエンおよびイソブテン抽出を行った後に、実施する。ブタジエンの水素化中に異性化が容易に生じるが、このことは、魅力あるブテン-1の回収を達成するためには、ブタジエンの選択的水素化に対するプロセスの選択性が顕著に増大されなければならないことを意味する。」、(同号証178頁右欄本文27~36行)との記載があることが認められ、本願第2発明の出願時の前である昭和54年においては、ブテン-1の精製におけるブタジエンの分離が引用例1と同様、水素添加工程によって行われていたこと、その当時の一般的技術水準として、この工程の欠点であるブテン-1の異性化が技術課題であったことを示している。
そうすると、「ブタジエンの事前除去の技術は本方法にとっては重要性はない」(甲第5号証明細書10欄9~10行)との見解のもとに、ブタジエンの事前除去については従来方法である通常の抽出工程を前提として、この工程により抽出されたC4炭化水素留分を原料仕込物として用い、ブテン-1の精製方法として、順次、イソブテンのエーテル化反応工程、水素添加工程、蒸留工程、抽出蒸留工程及び蒸留工程を行う一貫した工程を開示する引用例1の記載と、引用例2又は公知文献の抽出蒸留法に係る記載から、引用例1におけるブタジエン除去の工程に代えて、本願第2発明における極性溶剤を用いた抽出蒸留法を採択し、水素添加工程を省略して、本願第2発明の構成とすることは、本願出願当時、当業者にとって必ずしも容易に想到することができたものと認めることはできないというべきである。
2 原告の主張6について
そして、甲第3号証(本件特許公報)と甲第4号証(手続補正書)によれば、本願第2発明は、従来技術において必須の水素添加工程を省略しながら、C4炭化水素留分から不純物を含まない99.0重量%以上(実施例2においては99.22重量%)の高純度ブテン-1を大量かつ低価格で提供することができるという効果を奏するものである(甲第3号証3欄16~44行、同10欄32行~11欄末行、甲第4号証4頁(11)ないし(13))ことが認められ、これをもって、格別の効果ではないとすることはできない。
3 以上の検討の結果によれば、本願第2発明が引用例1及び引用例2に基づいて当業者が容易に想到することができたものとする審決の判断は誤りというほかはなく、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 三代川俊一郎 裁判官 木本洋子)
昭和63年審判第12907号
審決
東京都千代田区丸の内二丁目6番1号
請求人 日本ゼオン 株式会社
東京都千代田区神田錦町1-8-5 親和ビル 渡部特許事務所内
西川特許事務所
代理人弁理士 西川繁明
昭和56年 特許願第190385号「C4炭化水素留分より高純度ブテン-1又はブテン-1/イソブテン混合物の分離方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年 4月21日出願公告、特公昭62- 17977)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
Ⅰ.本願は、昭和56年11月27日の出願であって、昭和62年4月21日付で出願公告されたところ、東燃石油化学株式会社から特許異議の申立があり、その異議申立が理由あるものと決定され、その決定と同じ理由によって拒絶査定されたものであって、その発明の要旨は、昭和63年7月21日付の手続補正書によって補正された明細書と図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「1. C4炭化水素留分を極性溶剤を用いる抽出蒸留に付して、主として1・3-ブタジエンからなる成分をエクストラクトとして分離し、そしてC3乃至C4のジエン系及びアセチレン系炭化水素の含有量が各々150ppm以下で、これらの成分を実質的に含まないブタン類、ブテン-1、イソブテン及びブテン-2を主たる成分とするラフィネート留分を得、次いで該ラフィネート留分を第1の蒸留塔に送入し、ここでn-ブタン及びブテン-2を塔底成分として除去し、塔頂からの低沸点成分を第2の蒸留塔に送入し、塔頂からイソブタンを除去し塔底から高純度ブテン-1及びイソブテンを収得することを特徴とするC4炭化水素留分よりブテン-1/イソブテン混合物の分離方法。
2. C4炭化水素留分を極性溶剤を用いる抽出蒸留に付して、主として1・3-ブタジエンからなる成分をエクストラクトとして分離し、そしてC3乃至C4のジエン系及びアセチレン系炭化水素の含有量が各々150ppm以下で、これらの成分を実質的に含まないブタン類、ブテン-1、イソブテン、ブテン-2を主たる成分とするラフィネーイ留分を得、次いで該ラフィネート留分中に含まれるイソブテンをターシャリブチルアルコール又はターシャリブチルエーテルとして除去した後第1の蒸留塔に送入し、ここでn-ブタン及びブテン-2を塔底成分として除去し、塔頂からの低沸点成分を第2の蒸留塔に送入し、塔頂からイソブタンを除去し塔底からブテン-1を収得することを特徴とするC4 炭化水素留分よりブテン-1の分離方法。」
Ⅱ.原査定の拒絶理由の概要は、本願の特許請求の範囲第2項記載の発明(以下、本願第2発明という)は特許異議申立人の提示した甲第1号証及び甲第2号証の両刑行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというにある。
Ⅲ.そこで検討するに、甲第1号証の刊行物である特開昭56-104824号公報には、C4炭化水素留分から1・3-ブタジエンを抽出分離して得られる、少量のジオレフィン系炭化水素やアセチレン系炭化水素を含んでいるC4炭化水素留分(以下、ラフィネート留分という)から、最初にイソブテンを飽和脂肪族アルコールと反応させて分離し、ついで、ラフイネート留分中のジオレフィン系炭化水素やアセチレン系炭化水素を選択的に水素添加した後、ラフィネート留分を蒸留して塔底部からはブテン-2とn-ブタンを、又、塔頂部からはブテン-1とイソブタンを分離し、最後に、塔頂部生成物を抽出蒸留によって分離してブテン-1を取得する方法が記載されている。
Ⅳ.本願第2発明の方法を甲第1号証記載の方法と対比すると、両者は、C4炭化水素留分から1・3-ブタジエンを分離回収し、残りのラフィネート留分から、最初にイソブテンを分離し、ついで、残りのラフィネート留分からブテン-1を分離回収することを目的とした方法であって、イソブテンの分離手段がラフィネート留分中のイソブテンを飽和脂肪族アルコールと選択反応させるものであり、又、残りのラフィネート留分からのブテン-1の分離手段が、まづ、ラフィネート留分を蒸留してイソブタンとブテン-1を含有する留分を分離し、最後に該留分からブテン-1を分離回収することによって行われるものである点で一致することが認められると共に、両者は、次の点で相違することも認められる。
(1).C4留分から1・3-ブタジエンを分離する手段が、本願第2発明では抽出蒸留で、ライネート留分中に実質的にジエン系又はアセチレン系炭化水素が残らないように1・3-ブタジエンの抽出を行うものであるのに対して、引用例1の方法は、溶媒抽出法で、ラフイネート留分中に少量のジオレイン系及びアセチレン系炭化水素が残存するような抽出方法である点(相違点1)。
(2).引用例の方法が、ラフィネート留分中に残存するジオレイン系及びアセチレン系炭化水素を水素添加する工程を採用しているのに対して、本願第2発明の方法では、該水素添加工程が存在しない点(相違点2)。
(3).イソブタンとブテン-1とからなる留分から最終的にブテン-1を分離する工程が、本願第2発明が蒸留法であるのに対して、引用例1の方法は抽出蒸留法である点(相違点3)。
Ⅴ.各相違点について検討する。
(1).相違点1について:原査定の拒絶理由に引用された甲第2号証の刊行物である、平田 光穂外1名編集「蒸留工学ハンドブック」朝倉書店発行 第765頁-第767頁には、1・3-ブタジエンは普通の蒸留法でブテン-1と分離することの困難な成分であること、C4留分からの1・3-ブタジエンの分離法としては極性溶剤であるアセトニトリル等を用いた抽出蒸留法が優れていることが記載されているから、甲第1号証の方法において、C4留分から1・3-ブタジエン等を抽出して他のブタン、ブテン成分と分離する手段に代えて極性溶剤を用いた抽出蒸留法を採択した点に格別の困難性があったものとはいえないし、又、1・3-ブタジエンとブテン-1の蒸留分離の困難性を考慮して、1・3-ブタジエンを含むジオレフィン系及びアセチレン系の炭化水素がラフィネート留分中に残存しないように抽出蒸留工程を操作することも当業者であれば容易に想到し得たものである。
(2).相違点2について: 引用例1における水素添加工程は、ラフィネート留分中に残存する1・3-ブタジエンを含むジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素を除くために採択されている工程であるから、抽出蒸留法の採択によってラフィネート留分中にジオレフィン系及びアセチレン系炭化水素が残存しないように1・3-ブタジエンの分離工程を操作することによってこの水素添加工程を省略できることも当業者であれば容易に想到し得たものである。
(3).相違点3について: イソブタンとブテン-1の混合物から両成分を蒸留分離できることは、両者の沸点差から自明であるから、引用例1で採択されている抽出蒸留法に代えて、普通の蒸留法を採択して両成分の分離を行う点に格別の困難性はない。
そして、本願明細書を見ても、本願第2発明が引用例1や引用例2等から予期し得ない顕著な効果を奏し得たものということもできない。
以上のとおり、前記相違点1~3は、引用例1や引用例2の記載内容等に基づいて、当業者が容易に想到し得た程度のものである。
Ⅵ.したがって、本願第2発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成2年7月26日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)